それなりの地獄

日記、ポエジーの排泄

memento moriは福音だって言ってくれなきゃいやだ

 

誰かに思想を伝えるために言葉を使わなきゃいけないのは、

思想を殺している。

 

正しさなんて担保できない。

 

誰かに愛してもらうために思想を伝えなきゃいけないのは、

愛を殺している。

 

理解してもらわなきゃ愛じゃないなんて、歪んでいる。

 

私たちはこのせかいの、定められた輪の中で息をするために、

思想を殺して、

愛を殺している。

 

君とわたしの共通言語なぞ存在しなくて、

みんながみんな宇宙人みたいな言葉を使っている。

分かり合えたって、一瞬勘違いして、

その一瞬を繰り返す営みを、

なんとなく、

社会と呼ぶ。

 

他に名前がないから。

 

君とわたしが愛を通じあわせるために、

本当はお互いの思想を開示し合う必要はなくて、

理解しあえば愛、だなんて、

そんな幻想があるから、絶望する。

「つまらないなら愛じゃない」なんて、

馬鹿げてる。

 

わたしたちは本当は、

お互いの考えなんか知らなくても、

ご飯を食べて、悪口を言って、セックスをすれば、

愛を知ったように生きていける。

 

なんかそれじゃ心許ないし、

不道徳で不埒だから、

なんとなく、

愛を理解とイコールして、

どうせ分かり合えもしないのに思想を見せ合って、

どうせ、それをイエスかノーで判断するんだろう。

 

 

変な色の、

はやりのセーター。

は、正直センスがないと思う。

今日でもう、五人は見たよ。

 

結局、

愛を貰うためには、

センスも要らないね。

 

代替可能な誰かになって、

やっと、愛がもらえるのならば、

不毛。

けど、生産的だ。美しい、と思う。純粋に。

 

動物のフンみたいな色のセーターで、

愛がもらえる世界は、

それだけでじゅうぶん美しい。

 

「思想なんかいらないよ」って、

今日も、

まちに溢れたファッション雑誌が、誰かを殴る。尊い

 

愛がもらえたら、才能だってなかったことにできた、

あの日の君を、

今日も世界は肯定してるんだ、本当はね。

 

退屈だけど、愛。

 

どんなワクワクするような欺瞞だって、

世界に肯定された君の前では、

絶対に無力だ。

無抵抗だ。

殺せ。

 

 

このせかいは、

愛や思想を殺しながら、

それでも、

どうしようもなく、

愛や思想を殺しながら尊ぶ君を祝福している。

 
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感受性の自殺に加担できるのは狂人だけだろ。。。